淡路〜下新庄
+++ 海と島のこのあたり +++
悠遊一日紀行マップ 悠遊一日紀行道程表

●東淡路商店街
 淡路駅の改札口を出て東淡路商店街に入ります。昔ながらのにぎやかな商店街でなにかなつかしいものを感じます。
 商店街を抜けて、JRの線路をくぐったところに、モダンな建築のお寺、覚明寺があります。そこを右へ折れてJRにそって南へ進みます。16号線を少し行き、亀岡街道の標識がある道に入ります。土塀のある家や菅原温泉の前を通りやがて菅原天満宮へ。

東淡路商店街
■東淡路商店街
●菅原天満宮
 菅原道真をまつったこの天満宮では、天保年間(1830〜1843)から、毎年9月9日に土持ちという風習が続いています。これは堤防守護の祈りをこめて、境内に土を運んで盛るという行事です。
 昔、菅原道真が九州太宰府へ流される途中に現在の西淡路町あたりへ上陸しました。その当時このあたりは千里山まで海で、多くの島があり、淡路島と間違えて上陸したことから淡路という地名になったと伝えられています。その縁で菅原町という名が残り、菅原天満宮が祀られたのです。
 新大阪駅あたりの、東中島、西中島という地名も昔の島の名残りだといわれています
 菅原天満宮から、来た道をもどり、市営菅原住宅の手前で鉄橋をくぐり、北へ向かいます

菅原天満宮
■菅原天満宮
東淡路公園
■東淡路公園
●淡路本町商店街
 東淡路公園から東淡路商店街にもどり、淡路駅改札口横のガードをくぐると、もう一つのにぎやかな商店街、淡路本町商店街に出ます。人のぬくもりが心地よい商店街を通って右へ折れ、新幹線の高架を過ぎたところの小径を左へ入ると、中島大水道顕彰碑があります。
●中島大水道顕彰碑
 中島大水道は、近隣の庄屋3人が、たびかさなる淀川の氾濫による村人の被害を救うために造ったものです。全長9.5km、幅19mの水路は明治32年(1899)の淀川改修まで使われていました。この水路により、22ヵ村の村人が救われました。ところが3人の庄屋は、水路の工事を幕府に願い出たのですが許可されず、無断で水路を完成させたため、自害させられたそうです。

中島大水道顕彰碑
■中島大水道顕彰碑
●下新庄北公園
 新庄はもともと一つでしたが、元禄年間(1688〜1703)に上と下に分けられたといいます。その後、下新庄は天領、上新庄は土井大炊頭の領地となりました。下新庄北公園には、大正9年(1917)の神崎川下新庄樋決壊の様子を記した水防碑があります。
●覚林寺・明教寺
 覚林寺は、真宗本願寺派のお寺。古い記録は残されておらず開基も不明だといいます。
すぐ近くの明教寺は、豊臣秀吉の臣下、中川清兵衛がこの地に築いた新城の跡に建っています。それが後に、新庄という地名になったということです。そのいわれによってこのお寺は、城地山明教寺と号しています。

覚林寺
■覚林寺
明教寺
■明教寺
前のページへ戻る

Hankyu Corporation All right reserved 2005.